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職場でのデザイン教育【5】

デザイン教育 デザイン論

f:id:aienstein:20140727152004j:plain 最近、いきつけの場所に出来立てのビールが飲めるプールバーが出来ました。ウマいっす。

教育に「これが最後の正解」はない

今回は、前回に引き続き、インストラクショナルデザイン―教師のためのルールブックから、鉄則13〜17のポイントを紹介したいと思います。

 

鉄則1:何を教えるかはっきりさせる

鉄則2:学びにコミットする

鉄則3:教える理由をはっきりさせる

鉄則4:成功の基準をはっきりさせる

鉄則5:標的行動をみせてやらせて確認させる

鉄則6:意味ある行動を引き出す

鉄則7:引き出した行動はすぐ強化する

鉄則8:正答を教える

鉄則9:誤答を教える

鉄則10:スペックを明記する

鉄則11:学び手を知る

鉄則12:学び手は常に正しい

鉄則13:教え手を知る

鉄則14:学ばせて、楽しませる

鉄則15:個人差に配慮する

鉄則16:「分かりました」で安心しない

鉄則17:改善に役立つ評価をする

[1]

 

鉄則13:教え手を知る

この鉄則で重要なのは、「教育の反応をしっかり観察する」という点と、「自己(教育者)と相手(学び手)の差がどこでどれくらいあるのか認識する」という点です。

「教育の反応をしっかり観察する」のは大切です。
ありがちなのは、教育メニューや制作課題のようなツールが揃うと、学び手の反応を見ず、状況も考慮せず機械的にメニューを消化しようとするケースです。
立てたメニューも用意した課題も、学び手が予定通り消化できるとは限りません。
というか、多くのケースで予定・予測は現実とズレがあります。
当たり前のことですが、人間の学びは工業製品のように予定通りにいきません
それが「仕事上の教育」となると、「目標必達」のような計画の立て方をしてしまい、予定通り進まないことが教え手・学び手双方のプレッシャーになると不幸です。
「メニューが出来たから、あとは自動で行くのだ」では無く、今、何が学び手に何が起きているのか、しっかりと観察する必要があります

「自己(教育者)と相手(学び手)の差がどこでどれくらいあるのか認識する」点も忘れてはいけません。
ここで重要なのは、自分が教えようとしていることを細かく分類しておくことです。
学び手と自分がどのポイントでどれくらい差があるのかを認識していれば、効果的に教育を組み立てることが出来ます。
少なくとも、学び手がどの分野が得意で、どの分野が苦手か、くらいは把握しておきたい所です。
また、教えてみて出逢うケースが、「学び手が自分が出来なかった時代と、違うポイントでつまづいている」というケースですが、ここでも分類がしっかりされていれば、「なんで出来ないんだ?自分は出来たのに」と漠然と悩んで教育が止まってしまわず、「ここに問題があるのか。ここを強化するには・・・」と計画の立てようもあります。

 

鉄則14:学ばせて、楽しませる

この件に関しては、本書でも重要な指摘がされています。
「名門校のテレビ番組のようなコンテンツで、厳しく教えているように見える描写があるが、実際の現場は四六時中厳しいだけの訳が無い」ということです。
どんな学びの場でも、程度の差はあれ学び手が「楽しい」あるいは「ゆったりする」というようなポイントはあるはずです。
そうでなければもちません。 

良く話題になる、厳しいのが正しいのか、優しいのが正しいのか、バシバシやるか、褒めて伸ばすか。
ポイントを外した二元論であるように思います
楽しいこと、苦しいことと、学べること、そうでないことはそもそも別のことです。
楽しいだけでは仕方が無い、楽しくなくても学ばなければならないことはある。
しかし、楽しくて学べるなら、高い意欲で相手が学んでくれ、効果も出やすい、というのが正しいでしょう。

余談ですが、もし厳しく教えなければナメられるというなら、それは規律の問題であって、教育効果とは関係ありません。
教え方が下手なら、厳しくやっても効果は出ず、結局「教え手としては」信頼されずにナメられるでしょう。

 

鉄則15:個人差に配慮する

たくさんの人を教えて気付くのは「人の能力や理解力は実に多様性がある」ということです。
すぐにポイントを掴む人もいれば、何回話ても要領を得ない人もいます。
ここで出来る人と出来ない人を比べても仕方がありません。
理解の遅い人が早い人より、明らかに学びに手間をかけていない結果、理解が遅いのであれば、その点を持って指摘することは出来るでしょうが、そうでない結果、差が出ているのであれば、それは指摘しても仕方ない個人差です。
もちろん、出来る人の倍努力するというアプローチもありますが、毎日寝ないで何年間とか、常識はずれなことをしていては体を壊してしまいます。限度はあるでしょう。

学び手と教え手が比べるべきは、「昨日の学び手」で、見るべきは「学び手の目標とどのくらい差があるか」です。

 

鉄則16:「分かりました」で安心しない

教えてみて実感したのが、「学び手は非常に大きなプレッシャーを抱えやすい」ということです。
学び手は、「分からないと言い続ければ、『理解力の無い奴』と思われて立場が悪くなる」というものの他、「『なにがわからないのか』と詰められると、答えようが無い」、仕事であれば、「教え手の時間をとってはいけない」などという、種々のプレッシャーにさらされています。
なので、「分かりました」と応える圧は、通常より遥かに強くかかってると思った方が良いように思います。

なので、分かったかどうかについては、「どう分かってどうするつもりなのか」確認し、応えられなければ「どこでつまづいて理解がとまったのか」を尋ねるのが良いと思います。

もちろん、いちいち叱責しないことです。叱責しつづければお互い持ちません。
「1回言って理解出来なくてあたりまえ、2回言って理解出来ればかなりカンのいい奴」くらいに思っておいた方がいいように思います。

 

鉄則17:改善に役立つ評価をする

最後は本書が有名人の教育論本のようなものと違う重要なポイントで、「教育は常に効果をみてアップデートしてくもの」であるということです。

教育は「この決定版さえやっておけばすべて上手くいく」というようなものではないです
教育方法が絶対間違いないものであれば、上手くいかなかったら、学び手か、教育方法を上手く扱えなかった教え手の責任ということになります。
しかし、実際の教育は、学び手と目的の組み合わせで無数のアプローチがあります。
効果が出なければ、学び手、教え手、方法論、どれかに問題があるのです。
まずは方法論を検証し、より良いものに変えていく努力をすべきでしょう。

 

本書は教育について、非常に良い気づきをあたえてくれると思います。
このアプローチを学ぶことで、僕自身、かなり職場教育に対する考え方を整理できました。
忙しい業務のなかで教育を行うのは苦労を伴うと思いますが、本書のようなものを参考にしてみてください。

また、本書を理解しても、「学ぶことに対する学び手の意欲はどう喚起したらいいのか」という問題は残ります。 その点はまた別の機会に書きたいと思います。

 

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>>シリーズ:職場でのデザイン教育


>>シリーズ:デザインにセンスは必要か


>>シリーズ:ザックリ見るデザインの歴史

 

[1]島宗 理 (著),インストラクショナルデザイン―教師のためのルールブック―,米田出版,2004/11,viiページ,(ISBN-10: 4946553193、ISBN-13: 978-4946553196)

職場でのデザイン教育【4】

デザイン教育

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気持ちのよい季節ですけど、もうすぐ梅雨ですねぇ・・・。

学びの場は「今」が大切

今回は、前回に引き続き、インストラクショナルデザイン―教師のためのルールブックから、鉄則7〜12のポイントを紹介したいと思います。

 

鉄則1:何を教えるかはっきりさせる

鉄則2:学びにコミットする

鉄則3:教える理由をはっきりさせる

鉄則4:成功の基準をはっきりさせる

鉄則5:標的行動をみせてやらせて確認させる

鉄則6:意味ある行動を引き出す

鉄則7:引き出した行動はすぐ強化する

鉄則8:正答を教える

鉄則9:誤答を教える

鉄則10:スペックを明記する

鉄則11:学び手を知る

鉄則12:学び手は常に正しい

鉄則13:教え手を知る

鉄則14:学ばせて、楽しませる

鉄則15:個人差に配慮する

鉄則16:「分かりました」で安心しない

鉄則17:改善に役立つ評価をする

[1]

 

鉄則7:引き出した行動はすぐ強化する

教育に置けるタイミングの重要性を解説してくれます。
実際、職場だと難しい部分もありますが、教育目的にかなう行動には「すぐに」フィードバックを返したい所です。

褒める教育、叱る教育という点を考えるときに、フラットな見方を与えてくれる点もポイントで、それぞれを行動の「強化」「弱化」として、「どちらが正しいか」というようなものではないとします。

主義に硬直した効果の薄い教育を避けるため、重要なポイントであると思います。

 

鉄則8:正答を教える / 鉄則9:誤答を教える

鉄則5でも解説したポイントですが、教育にあたっては、まず何に対して努力したら良いのかの基準について、学び手と教え手に共通認識が必要です。

正答と誤答の両方を教えれば、学習の基準ははっきりします。

ルールのわからない問題を、手探りで解決する力というのも必要ではありますが、それはそういう目的を改めて設定した課題を組み立てれば良いことで、なんでもかんでも手探りにやらせていては成長が遅々として進まないことになります。

まずは正誤を教えて、基準に則って努力させる。
やるべきことを「知っている」のと「できる」のは違います

 

鉄則10:スペックを明記する

教育や講義の事前情報を提供すれば、学び手は事前に準備ができます。(選択の機会があれば、自分で必要と思うものを選ぶことも出来る)

お互い準備が出来ていれば、限られた時間で、効率の良い教育を行うことができます

学び手が「訊きたいことがある」位の状態で、学びの場に臨んでもらえる状態が理想です。

 

鉄則11:学び手を知る

「○○は出来るはず」「○○は強い意欲をもって学ぶべき」というような自分の仮定を越えて、現実の学び手がどのような状態にあるのか、正しく知ることは大切です。

事前に立てた教育計画が修正を余儀なくされることもありますが、現実に即して手段を変えるのは当然のことです。

そのために、学び手について知ることは必要です。

 

鉄則12:学び手は常に正しい

教え手同士の情報交換は大切ですが、僕は一面、気が重くなることでもあります。
理由は、教え手同士で集まると、学び手の愚痴の交換になりがちだからです。
愚痴を言い合うくらいなら良いのですが、教育効果の薄さの原因を学び手に求めたり、人格攻撃にエスカレートしていく。
こういったことは、ストレスを生むだけで、有用な解決策を提供しません。

起こっていることには、なりきの原因がある。
人格について考えるのは、自分のインストラクションプログラムの妥当性を検討し、周囲の環境が教育に相応しいか検討し、学び手がどのような状況に置かれているかを知ってからで遅くない。というか、安易に人格に原因をもとめて思考停止するのは良くないと考えます。

教え手は関係性の中で強い立場になるので、「自分が正しい、起きていることの失敗は相手に原因がある」という思い込みを止めるものがなく、無反省になりがちです。

教え手は学び手が真剣に学ぶのを期待するように、自分の教え方が正しいのか、良い学びの場を提供できているのかを真摯に考えなければなりません

 

中盤の肝は個人的には鉄則12であると考えています。

学びの場はつねに変化していくものなので、つねに「今」にあった形にアップデートしていかなくてはなりません

次回は鉄則13から最後までを解説したいと思います。

 

>>教育に「これが最後の正解」はない

 

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>>シリーズ:職場でのデザイン教育


>>シリーズ:デザインにセンスは必要か


>>シリーズ:ザックリ見るデザインの歴史

 

[1]島宗 理 (著),インストラクショナルデザイン―教師のためのルールブック―,米田出版,2004/11,viiページ,(ISBN-10: 4946553193、ISBN-13: 978-4946553196)

職場でのデザイン教育【3】

デザイン教育

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今年のGWは、暦の並びで僕は休みが少ないのですが、11連休の方もいらっしゃるようで、羨ましいです。

インストラクショナルデザインとは

今回は、書籍を紹介したいと思います。
インストラクショナルデザイン―教師のためのルールブック

 

id:aliliputさんも 誰かを教えることになったあなたへ -IDへの招待 で言及していますが、職場でデザインを教える身としても実感で頷く部分が多かったので、数回にわたって紹介させていただきます。

本書では、「教育」よりも広い概念として、交通標識や機器のマニュアルまで含めた「何かを教えること」を「インストラクション」として、基礎としての17の鉄則を示し、応用として具体的なカリキュラムのデザイン手法を示します。

鉄則1:何を教えるかはっきりさせる

鉄則2:学びにコミットする

鉄則3:教える理由をはっきりさせる

鉄則4:成功の基準をはっきりさせる

鉄則5:標的行動をみせてやらせて確認させる

鉄則6:意味ある行動を引き出す

鉄則7:引き出した行動はすぐ強化する

鉄則8:正答を教える

鉄則9:誤答を教える

鉄則10:スペックを明記する

鉄則11:学び手を知る

鉄則12:学び手は常に正しい

鉄則13:教え手を知る

鉄則14:学ばせて、楽しませる

鉄則15:個人差に配慮する

鉄則16:「分かりました」で安心しない

鉄則17:改善に役立つ評価をする

[1]

各鉄則の内容については、本書をご覧頂くとして、ここではそれらの内で、僕が職場で教育をしていった中で、見落としがちだなと思ったり、教えることへの自分のスタンスについて改めて考えたポイントを解説したいと思います。

鉄則1:何を教えるかはっきりさせる

これはのっけから当たり前すぎるポイントですが、職場で教育するとなると、かなり見落としがちなポイントです。

職場では「戦力になるようにする」「アシスタントとして機能するようにする」「1人前に動けるように」など、教育対象者の「役割」に関してボンヤリとしたオーダーが上から降ってくることが多く、「どういう役割になれば良いのか」を「何が出来るようになればよいのか」まで突っ込んで落とし込む前に教育を始めてしまう例が少なくありません。

何を教えようか、具体的な目的がはっきりしても、〈知識〉〈技能〉〈動機〉のいずれに問題があって「今 出来ない」のかはっきりさせず、「とにかく出来ないから教育だ」になりがちです。

そこで上からのオーダーを即実行してしまっては、ただ動いてるだけで、教育者として考えるべきことをしていません。

なので、上からのプレッシャーを、そのまま教育対象者に浴びせてしまうことにもなりかねません。

なにが出来るようになれば良いのか、しっかり対象者からヒアリングして、考える時間を持つのは大切です。

 

鉄則2:学びにコミットする

コミットというのは学びの結果に働きかけることを意味し、責任を持とうとする姿勢と行動です。
「教えましたよ」ではなく、「学んでいただく」という事です。

これは結果が求められる職場の教育では忘れようの無い事なのではありますが、今一度、安易な前提に立たないようにしなければなりません。

「教えたのになんで出来ないんだ!」の問いの答えはシンプルです。「教えた」=「学んだ」では無い。これです。

また、社内の動きが組織的になり、こなすべきタスクとして「教育」が組み込まれていくような状況では、「教育すること」そのものが目的化し、対象者が「学ぶ」かどうかについてあまり考えないような状況が生まれたり、ここでも「教える=学ぶとする」前提で話が進むような状況が生まれたりします。

インストラクションの目的は「学び」であり、そのためには単に「教える」以上のコミットをしていかなければなりません。

 

鉄則3:教える理由をはっきりさせる

「なぜ教えるか」
これは職場教育ではオーダーに含まれることが多いのですが、注意点はあります。

まず理由が「成長し」「真のプロになり」など、定義が難しいボンヤリしたものになったり、後付けで「仕事を楽しみ」などどんどん拡大していって、ゴール像がインフレしていくような状況にならないようにすること。

それと、こちらが「教えたい理由」と対象者が「学びたい理由」の間のギャップを把握しておくことです。
それぞれの重なる所と差を理解し、少しずつ「教えたい理由」を理解してもらえるようにしていく必要があります。

どんなに「仕事なのだから、こちらの理由を即座に呑んで全力で邁進すべきだ」と対象者に迫っても、対象者には「はい」と答えて心は従わない自由があります。仕事であっても、心を縛ることは出来ません。

 

鉄則4:成功の基準をはっきりさせる

これは注意すべきです。
なぜなら、この点に関して、ぱっと考えても2つの失敗シナリオがあるからです。

1つ目は成功の基準、「何が出来たらインストランクションの成功か」をそもそも定義していないケースです。

先ほども触れましたが、職場教育では「役割にはめる」ことがオーダーとして降ることが多く、「じゃあなにが出来たらいいのか」について考えるよりも、「何が出来なかったらマズいのか」という評価になりがちです。
「前よりこれが出来るようになった」ことより、「こんなミスをした(教えてないが)」「こんなことが出来ない(教えてないが)」ということになり、教える側も対象者もフラストレーションがたまっていきます。
達成条件を決めずにやっているのだから、どこでひとまず終わって良いか分からず、永遠に対象者を責め続けるのも当然の結果でしょう。

 

2つ目は「どんどん目標をインフレさせる」ケースです。

始め、1ヶ月は何も出来ないから基礎動作の訓練などをする。それが出来れば、実務の簡単なものをやらせる。新人なりのアウトプットで当然。
しかし、いざやらせてみると、「やれといった目標」を達成して入るが、それ以外のアラが見える。
これを認めるわけにはいかない。(目標と定義してなかった点だとしても!)
さらに、それが半年、1年となっていく中で、「もう新人じゃない」となり、比較対象がいきなり自分や、エキスパートの同僚となり、「なぜこんなこともできないのか(自分は1年目には気づきもしなかったポイントだが)」ということになる。
基準がインフレしています。

そういうことは、ゴール基準が曖昧だから起こる。
何が達成基準か、教える側が分かってないから、失敗がいちいち大問題に見える。

何をもって達成とするかを定義するのは、一手間かかる作業ですが、これはしっかり考えなければ、教える側も教育対象者も不幸になります。

 

鉄則5:標的行動をみせてやらせて確認させる

「教育論」的な議論が起きやすいポイントだと思います。
「みせて」「やらせて」「確認させる」というのは、スポーツ等では当たり前のことだと思いますが、なぜか教育や仕事ではそうなってない。

まず「みせて」の点で「正解を見せると考える力が育たない」「指示以外できなくなる」と言う意見が出る

技能〉が身に付いてなければ、正解を見たことがあることも、自分では要領よく出来ないはずです。
まずは「見たことあることをそのまま再現する」技能を身につけてもらう。
もし「考える力」を育てたいなら、そういうポイントに絞った課題を出せば良いことです。そのときにはクオリティなどはひとまず置く。

「やらせて」「確認させる」の点でも、「学校じゃない」「社会はいきなり本番だ」と言う意見が出る。

単に「時間が無い」「手間をかけられない」のが本音ではないでしょうか。
スポーツでは練習を当たり前に行う。仕事の技能も、習熟に練習が必要なのは当然であると思います。

 

鉄則6:意味ある行動を引き出す

職場に限らず、物事を教える上で、「何かをさせる」事は多いと思います。
しかし、「何をさせるか」は標的行動をはっきりさせてから、それをすれば「標的行動を習熟するか」を基準に考えた方が良い。

「物事をやり遂げる精神を」とか「豊かな発想を」とか、いろんなものを混ぜこぜにしてしまって、標的行動とは関係の薄いことに多大なエネルギーを使わせてしまうのは、ありがちだと思います。

一見、頑張ってる風だが、意味の無い行動をやらせてるだけ、というのは避けた方がよい。

 

以上で前半を解説しました。
次回は鉄則7から解説したいと思います。

 

>>教育は「今」が大切 

 

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>>シリーズ:職場でのデザイン教育


>>シリーズ:デザインにセンスは必要か


>>シリーズ:ザックリ見るデザインの歴史

 

[1]島宗 理 (著),インストラクショナルデザイン―教師のためのルールブック―,米田出版,2004/11,viiページ,(ISBN-10: 4946553193、ISBN-13: 978-4946553196)

職場でのデザイン教育【2】

デザイン教育

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お正月は北海道へ。寒かったですが、やはり「冬はこうだな」という感じがします。

動画教材の可能性

前回はデザインを教育するに当たっての全体のイメージとして、教育期間やスケジュールの設定、ツールとしての実務課題の作成、面談の実施などを紹介しました。
今回は、実務課題と同様に、用意しておくと便利な動画教材について考えたいと思います。

サイト作るときに便利なPhotoShop JSX、ショートカット、アクション - Develo.org

 

デジタルのクリエイティブ現場では、オペレーションスピードが重要です。
デザインの現場でも当然同様で、オペレーションスピードが速ければ、制作時間の中で、使いやすいUIの検討や、ビジュアルイメージの絞り込みなど本当に大事な作業に割ける時間が多くなります。

だだ、このスピードに関する分野は意外に伝わりづらいものです。
Tipsは豊富にあるのですが、教えてもなかなか採用されないケースが多々あります。
Web上の情報などを共有したはずだが、いざ、新人の隣で操作を見ると、「えっ?」と思うような非効率なオペレーションをしている。

これは、「自分の操作方法」というものが確立しているのに、わざわざ学習するメリットが感じられないからという側面があるのかもしれません。

文字や画像だけではどうしても「速さ」のメリットは伝わらないのです。

 

動画なら「速い!」がわかる

そこで動画でのリファレンスをつければ、「速い」という「学習するメリット」を説明する事ができます。

以下は教育用に作成してみたリファレンス動画です。

各種のJSXなどは、作成者様のリンクを貼らせていただきました。

 

サイト作るときに便利なPhotoShop JSX、ショートカット、アクション - Develo.org



PhotoshopCS2以降でオブジェクトを等間隔に分布させる.jsxがあったよ。 | 乱雑モックアップ

このような動画を用意しておく事によって、1対1のレクチャー以外でも、オペレーションの教育を効率よく行えます。
1対1のレクチャーでも、相手に事前情報が入っていれば、的確な質疑応答ができることは言うまでもありません。

 

職場でのデザイン教育【1】

デザイン教育

f:id:aienstein:20131130191816j:plain

年末ですね。先週忘年会が行われ、本年の業務は終了しました。

職場でデザインを教えるのは大変

小規模な制作会社で良く聞かれるのは、教えられる側の「ロクに仕事を教えてもらえない」という声と、教える側の「新人にどうデザインを教えたらいいのかわからない」という声です。
デザインそのものを教えること自体が難しいのですが、同時に「実務をやってる職場で教える」ということにも独特の難しさはあります。

 

ここでは、職場でデザインを教えるためにどう取り組んでいけばいいのか、ポイントを挙げて、ザックリ解説していきたいと思います。

 

ポイント

 

  • 新人教育期間のスケールを決める
  • 初期研修に専念させる期間を確保する
  • デザインの各テーマに細かく分類した課題を用意する
  • 教育スケジュールを立てる
  • 教える相手の得意不得意、現時点の課題に着目する
  • 教育の優先順位を決める
  • 定期的に面談して、学習成果についてフィードバックする

 

新人教育期間のスケールを決める

新人教育に関しては、まず教育期間のスケールを決めます。
いつまで相手を「新人」として扱うか、という期間でもあります。
雇用条件と相手に何を求めるかによりますが、経験上では、安定して実務を回せるには、1年〜1年半くらいのスケールで期間を設定した方が良いと思います。 

 

初期研修に専念させる期間を確保する

新人にいきなり実務をさせるのは、本人にとっても周囲にとっても危険なバクチなので避けた方が良いです。

避けた方が良い理由として、

  • 成果物がクオリティに満たない時に、周囲や教育担当が対応に追われる
  • 多くの場合、オペレーションスピードが遅い。進捗を確認したり、急がせるのが手間
  • 本人が自信を失いやすい
  • 失敗を繰り返すと、案件に関わった周囲のマイナス印象が積み重なる

 という点が挙げられます。

 

最低でも、採用して半月は初期研修に専念できる「教育・様子見」の期間を設けた方が、結果として本人も周囲も幸せです。

 

デザインの各テーマに細かく分類した実務課題を用意する

実際の教育を安定させる為に、どのような用意が必要か。
予め作っておくことで、抜群にスムーズになるのが、実務のエッセンスを抽出し、デザインの各テーマにそった制作課題です。

 

予め課題を用意しておけば、「課題をさせている」間は教育担当や周囲の手があき、余裕をもって対応できますし、作成した課題は引きつげ、教育担当が入れ替わっても教育の一貫性が保てます
また、制作課題を行わせることによって、新人の「得意・不得意分野」を掴むことができます

 

デザインに必要なテーマとしては、ざっと挙げるだけでも以下があるでしょう。 

  • オペレーションスピード
  • 文節・情報構造
  • マージンのコントロール
  • 要素のサイズ・余白のコントロール
  • ページレイアウト
  • 配色
  • 構図(写真や文字配置)
  • ディティールの作成
  • 表現方法のバリエーション
  • 文字組・文字詰め
  • アフォーダンス
  • 適切なトンマナの選択

上記のテーマに注目した、実務の断片のような制作課題を作成し、評価に関しては、「主にテーマをクリアしているか」に着目して行います。
また、「特定の業種・分野に絞ったサイトをブックマークしまくらせる」のも有効です。

教育スケジュールを立てる

1年後にどうなっていてほしいかを最初に決め、3ヶ月ごとの達成目標をプロットします。
また、達成目標のために経験させなければならない課題と実務の予定を立てます。
この計画をたてることで、教育に安定して取り組むことができます。

 

教える相手の得意不得意、現時点の課題に着目する 

デザインの各分野について、それぞれ得意不得意というのは存在します。
重要なのは、評価のとき、「問題外、全然ダメ」と全体感をザックリ理解するだけの態度をとらないことです。
「全体的な実力感」ではなく、「この分野はやや得意、この分野は現時点でダメ」という感じで、「相手のスキルの特徴」を理解するようにします

また、教えた結果「すぐに掴める分野」と「なんど教えても掴めない分野」を覚えておきます。

 

教育の優先順位を決める 

教育スケジュール通りにスムーズに課題を克服してくれれば理想的ですが、現実はそうも行かず、「得意・不得意」というのは存在します
そういった場合には、まず

  • 簡単な業務でも最低限必要になる項目
  • 本人にとっては未知だが、一般的にすぐに結果が出やすい項目

の解決を優先します。

それと同時に、

  • 不得意だが必要になる項目
  • 本人にとって得意分野である項目(頼りすぎてしまうため)
  • 高度で複雑な項目

という項目を徐々に織り交ぜて挑戦させます。

 

それでも、「根強く何度やっても掴めないもの」というのに突き当たることはあります。
その場合、最後の手段として、それは後回しにし、2年タームの長期解決課題としましょう。
その場合、彼は、その分野の実務では簡単な仕事しかできない期間を過ごすことになりますが、それは実力なりということで、地道に研鑽してもらうしかありません。

 

定期的に面談して、学習成果についてフィードバックする

新人と教育担当は、振り返りの面談を持つ必要があります。
タイミングとしては週1が望ましいですが、最低でも2週に一度は二人だけの時間を持つことです。
その場では、予め学習の成果物や、所感などを振り返るドキュメントを相手に書かせておき、それを振り返りながらフィードバック、教育担当は次週に向けたポイント等をアドバイスします。

 

進捗確認と、フィードバックの時間をもつことで、

  • 新人と課題を共有できる
  • 新人との間に信頼の土台ができる
  • 周囲からの「新人はどんな子なんだ」という疑問に答えられる

という利点があります。

 

定期的で適切なフィードバックは教育の成果を出すために重要です。
新人を放置しておくと、本人が「何を達成し、何が未解決なのか」を掴めませんし、不安が不満を招くことにもなります。

また、教育は、新人自身の問題であると同時に、教育担当との関係性、信頼の問題でもあります。
同じ問題に挑戦し、信頼の土台を築くことで、相手のなかに、ちょっとの事では揺らがない受けの強さを作ることができます。
信頼を築けば、相手にとっては耳に痛い指摘を前向きに受け止める強さを作ることが出来るのです。
ロクに関係もできていないうちから、「できないこと」について強い調子で指摘すれば、どんな受け取られ方をするか、わかったものではありません。

 

フィードバックで重要なのは、何度も語り尽くされたことですが、「できたことを褒め、できてないことは褒めない」という原則を貫くことです。
「褒めて伸ばす」というような言葉がありますが、「できてないこと」は褒めても伸びません。相手が勘違いするだけです。
それだけでも問題ですが、カンの良い相手や警戒心の強い相手なら、信頼に疑問をもたれたり、ナメられたりします。
それより、「なにができたのか」を見逃さす褒めることの方が重要です。

 

周囲との関係についてですが、教育では、特に忙しい職場では「周囲からのプレッシャーはかかるもの」として覚悟を決めておいた方がいいです。
そのとき、「新人の現状がどうなのか」は飛んでくるプレッシャーとして定番なので、必ず答えられるようにしておく必要があります。
「とにかく、なるはやで新人を一人前にしろ」という声には「もちろん計画している。しかし教育には適切なタイミングがある」くらいの返しは出来るようにしておきたいです。

 

教育は新人のため、自分のため

中小の制作現場では、なかなか環境を構築するのも難しいですが、教育が回っていなければ、いつまでたっても抜けた人材の穴埋めに追われ続けることになります。
また、自身も次のレベルの仕事に挑戦できません。

 

後輩のためにも、自身のためにも、是非、周囲を説得して教育環境を整えていただきたいものです。

デザインにセンスは必要か【3】

デザイン論

f:id:aienstein:20131123164200j:plain東京モーターショーに行ってきました。高級セダンとしてはBMWと常に比較され、国内ではいまいちでなぜか北米の方が売れているというレクサスですが、この新スポーツタイプはカッコいいと思うので、ぜひ頑張ってほしいものです。

センスを他人に教えるために

センスを他人に教えることの難しさは、

  1. 問題となっている「センス」の中味がわからないこと
  2. 最後は相手自身が「感じる」ことが必要になること

の2点が原因があると考えています。

 

センスの「中味」:教えようとしていることを理解しているか

センスの「中味」については、教える側の問題であるように思えます。
人にものを教える為には、教える側がその内容を理解していないといけないと考えます。
教育にはスポーツ的やゲーム的な側面があって、指導側と生徒側の間に、一定のルールや価値観がが明示されていないと、生徒側が混乱して教育のパフォーマンスが悪くなります。

 

センスが教えようとして伝わらない一つの原因は、この「『センス』の中味がわからないこと」、教える側が自分の教えようとしていることが「何」なのか理解してないことに起因しているのではないでしょうか。

 

アウトプットで○×を返すことだけではなく、なぜ○なのか×なのか、そのケースではどこが○で、どこが×なのかを説明し、その説明は、自分なりに理解しているルールや価値観に基づいたものでなくてはなりません。

 

「なんでお前の作るものはダサいの?見辛いの?自分で考えたら?」ではダメで、「なんでダメか」はこちらが判断して、相手に伝える必要があります。
(僕の理解では、センスは「感じる」ものなので、独りで「考えた」ところで解決は無いのですが)

 

僕は、センスの「中味」に関して、前回までの デザインにセンスは必要か【1】 【2】で述べたように、「感覚で受け取る」こと、「情報の理解しやすさ」と「画面上で言語以外の方法で伝える心像」としました。

 

「感じる」ことの必要性:「経験量」と「精度」をどのように高めるか

相手自身が「感じる」ことが必要性について問題になるのは「経験量」「精度」で、受け手側に起因している部分であるように思えます。

 

前回までの「センス」に関する考え方に従って「情報の理解しやすさ」、「画面上で言語以外の方法で伝える心像」それぞれについて考えます。

 

情報の理解しやすさ

「情報の理解しやすさ」における「経験量」とは、複雑な情報を処理した成果物について、どれだけ「わかり辛いもの」「わかりやすいもの」をみて、その「差」を感じたかということです。
まず、「わかり辛いもの」「わかりやすいもの」双方を見る必要があって、その上でその「差」を「感じる」こととなるので、指導側の「機会」の演出と受け手の「感受性」の双方が揃って初めて、「経験量」として蓄積されると考えます。

 

「精度」は、「差」の程度に関する問題です。
文字組だと強弱やメリハリを示す「ジャンプ率」や、画面全体では要素のグルーピング、マージンの調整などについて、どれくらいの変化が「理解しやすさ」についてどのように影響するのかを感じて、コントロールすることで、「精度」を高めていくことができると思います。

 

適切な指導や、反復アウトプットという手順を経ることができれば、受け手側は充分、能力を獲得しうると考えています。

 

画面上で言語以外の方法で伝える心像

「画面上で言語以外の方法で伝える心像」における「経験量」とは、伝えようとしている心象や価値観について 、どれだけ経験しているかということであると思います。
世の中には様々なイベント、建築や施設、出版物があり、それぞれ「高級感」「お得感」「男性的」「女性的」「モダン」「伝統」などのイメージを伝え、利用者がそれを感じています。
それらについて、「それはどういうものか」「なにがどんなふうに良いのか」を感じることが「経験量」となると考えます。

 

「精度」は、その価値観の差異に着目し、どこまで詳細に分類できるかということです。

例えば、「高級感」という言葉にどれだけの心象を当てはめることができるか。

  • 最高級セダンのような落ち着いた中にあるラグジュアリーさ
  • 湾岸に立つホテルの最上階のような、きらびやかな都会的になかの洗練
  • 造りの良い家具のような重厚さ

自分が受け手となったときにディティールの違いに着目したり、アウトプット側に回ったときに、それらをコントロールすることで、どのようなイメージの差が生まれるかを検証することで、「精度」を高めていけると考えます。

 

よく、「デザイナーはいろんなものを見ろ」「遊ばなくてはいけない」と言われるのは、この「心像」に関する部分にどういう態度で望むべきかということであるように思います。
一つの価値観に浸り、それ以外の価値観を知らなかったり、否定的に見たりする態度を戒めているということです。

 

自分が社会的には何者で、どのような使命を帯びて仕事をしているのか。
「おしゃれ」や「高級感」「チープさ」「女性誌的」なことをバカにする態度で臨めば、その世界をぼんやり見ることになり、その「価値観」や「心象」について感じることの妨げとなるでしょう。

注意点として、この「画面上で言語以外の方法で伝える心像」に関しては、デザイナー自身が「他者にメッセージを伝える」使命を帯びていることを理解していないといけません。
メッセージの受け手と心象を共有しうることが前提なので、「一般的に見てこれはどう感じるのか」という他者の目を意識しないで制作すると「(間違った作家性という意味での)アート」「オナニー」などと言われることとなります。

 

ここでも、「客観性」と言う意味で指導や助言は必要でしょう。

 

センスは教えられる。ただし・・・

以上の点についてまとめると、
センスの部分について教えられるか」という問いについては
教えられる。ただし、指導側が何を教えているかを理解し、受け手に一定の価値観やルールのもとで、反復して問題に対処させ、適切に評価するという繰り返しで、経験量や精度を高めていけば
ということになります。
経験からいっても、職業として通用するレベルまでは、教育で成長し得ます。

 

実際に「センスが教えられない」と嘆く声には、やはりデザインという業界の問題点として

  • 現場が常に人手不足で教育に時間をかけられない
  • 教育・評価のシステムを構築している現場が少ない
  • 人材の実力差が大きく、程度にちょうど応じた教育方法がみつけづらい
  • 人材の流動が激しく、人が抜けてもいくらでも希望者はいる

という問題があるように思われます。

 

退職までの3週間で、あまり芳しくないパフォーマンスの後任者に、センスに関する部分を伝授したい」と言われれば、「無理だ」と答えるでしょう。

 

希望の人材はいくらでもいるので、外野からは「短期間で仕上げろ、無理だと判断したら切れ」というような圧力がかかることもあるように思います。
その際は、その意見をおっしゃる方には、「玉石混淆の希望者の中から、ちょっとコツを教えるだけで実力を発揮できる『玉』の人材に選ばれるほど、御社は魅力的な現場であるのか」について少し考えてほしいと思います。

 

そのような一握り以外のデザインの現場は、平常運転で「実務」と「教育」が回っている仕組みを作っておく必要があるというのが、僕の考えです。

 

人に寄り添い、人を変えるiOS7

ガジェット 時事

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今回はiOS7です。

前回のエントリーで、デザインのセンスと教育についてお話ししますと書きましたが、先日、iOS7がリリースされ、僕もまずはiPadにインストールしてみました。

今回は、何かと話題のこのOSについて、話が暖かいうちに、デザインの上で感じたこと、考えたことを書いてみたいと思います。

センスと教育については、改めて続けて行きたいと思います。

エントリーを楽しみにして下さっていた方、申し訳ありません。

 

今回の本題は感じたことや、考えたことでして、オススメかどうかは実は違うのですが、手短に。

 

デバイスのスペックがついてくるならオススメです。

iPhoneの4Sは動作がやや重くなるとの情報があり、聞き流せない感じですが、僕の使っているiPad Retinaディスプレイモデルでは、気になる事はあまりないです。

それ以上に、後述する操作感が便利で楽しく、使っていて満足感は高いです。

ネットユーザーがいろんな角度でオススメかどうか議論しているので、気になる方は、それら意見も是非参考にしてみてください。僕の意見も判断の一助になれば幸いです。

 

それでは今回の変更点で心に引っかかったポイントを見て行きましょう。

 

  1. 操作について
    ハードウェアキーを使っていた操作が、マルチタッチジェスチャーにかなり置き換わった。
    使用頻度の高い操作へのアクセスが、コントロールセンターで早くなった。
  2. 位置情報サービスについて
    位置情報で写真を整理。記憶の代替装置に。
    位置情報サービスやアプリの自動更新がオプトアウトに。
  3. 情報共有について
    写真の各種snsとの連携。airdropなど共有機能の強化

  4. 平面上のビジュアルについて
    アイコンのデザインの再定義。現実の延長から、行為の意味を図示した抽象的なものに。

操作について

ハードウェアキーを使っていた操作が、マルチタッチジェスチャーにかなり置き換わった。

iOS7の操作面の特徴は、今までハードウェアキー(ホームボタン)を使っていた動作がかなりジェスチャー(画面上の指の動き)で代用出来るようになったことです。

例を挙げると、

  • アプリのマルチタスク切り替えが、4本指で下からスワイプ(撫でるような動作)で一覧表示、そこからアプリを選んで上にフリック(弾き飛ばすような動作)で終了
  • アプリ起動中でも4本指で左右にスワイプで別のアプリに切り替え
  • 5本指で掴むような動作でホーム画面に戻る(アプリは終了はしない)

という感じです。

これは慣れると、従来の「えいっ」とボタンを押してから別の動作を重ねるやり方より、かなり快適で、実際、ホームボタンを押す回数が減りました

効率的なだけでなく、画面を撫でる行為自体も楽しいので、今後かなりのユーザーがこの操作に移行していくのでないかと感じます。

この操作感の力の入れようは相当なもので、アップルは今後、ホームボタンを無くすことを目論んでいるのではないかとも思えるほどです。

ただ、全くハードウェアキーの出番がなくなったかというとそうでもなく、音楽のボリューム操作などは横のキーの方がすぐアクセスできるので、今でもそちらを使います。

 

単機能ハードウェアキーは、やはり、なれた人にとっては、わかりやすさとアクセスしやすさ魅力で、例えば、ボタンやレバーに埋め尽くされたカメラやリモコンを「使いやすい」と力説するパワーユーザーがいるのもわかります。

使い込んで記憶してしまえばいいのですから。

 

ここでアクセスに優れたハードウェアキーを減らして、ジェスチャー置き換える狙いを考えると、このOSはパワーユーザーより、ライトユーザーへ重心を移しているのではないかと思えます。

 

使用頻度の高い操作へのアクセスが、コントロールセンターで早くなった。

画面下からのフリックで登場するコントロールセンターは、よく使うがイマイチアクセスの良くなかった機能にすぐアクセスできます。

一例ではwifiBluetoothの切り替え、画面回転ロック、カメラ起動など。先ほど紹介した音楽のボリューム操作も、1動作多いものの、ここから行えます。

wifiの切り替えはかなり頻繁に使っていたので、アクセスが良くなったことは嬉しいです。

 

このwifi切り替えですが、今までは歯車アイコンの「設定」からアクセスし、どこか「設定ですよー、ここからパワーユーザーや専門家向けのバックステージですよー」という雰囲気があるものでした。

今回、これに別のアクセスを用意したことで、誰にとっても敷居が低くなりました。

 

これにも、ライトユーザーも、というか、ライトユーザーこそにこの操作を使いやすくしていこうと言うような狙いを感じます。

 

ライトユーザーがwifiのオンオフを意識するかという問いはあるかも知れませんが、特にiPhoneでこの操作は、意識せざるを得ないのではないでしょうか。

LTEwifiの速度を計りにかける状況はライトユーザーにも起こりそうです。

 

最後に、この「操作」の項目で気になる点を一個だけ。

ホーム画面で、アプリを多数収納する「フォルダ」の操作は、タップで「ズームアップ」して開くというものです。

なので、閉じる時は、「指で掴む」のが自然な気がしますが、この操作は何故か「フォルダの外をタップする」で、見た目で受ける印象とは違和感があります。

何かの事情があったのでしょうか。

 

 

位置情報サービスについて

位置情報で写真を整理。記憶の代替装置に。

Exif情報というデータをご存知でしょうか。

デジタルで撮影した写真には、画像以外に、撮った位置や時間を記録できます。

このデータは通常はどーんと見えているわけではなく、ライトユーザーはおそらく存在すら知りません。

iOSでは以前から、このExifデータの位置情報を利用して、地図上に直接、写真を配置した画面を表示することができ、この写真を「どこで撮ったのか」を画面で見ることが出来ました。

今回iOS7では、この場所ごと情報が、ソートなどに利用でき、アルバムアプリの一覧でも直接選択できるようになったので、より思い出しやすいものになりました。

 

もともと、「何かに記録する」行為そのものが、「忘れてOK」という「記憶の代替」の性質を持っていますが、これを見た目でさらにわかりやすく、アクセスしやすくしたというのは、記憶代替装置としての色合いをより濃くしたものであると思います。

 

位置情報サービスやアプリの自動更新がオプトアウトに。

上記の機能ですが、Exif情報をあえてつけない、という選択をすれば当然使えません。

これを選択することは出来ますが、今回のiOS7では、基本はオン、設定から潜って選択(オプション)すればオフ(アウト)となっています。

この「オプトアウト」というのは、強力な選択バイアスで、かなりの人があえて選択してまで設定を変えません。

 

写真のExif情報以外にも、多くのアプリが位置情報を利用した機能を提供しており、ほとんどが「オプトアウト」です。

 

位置情報をデータで記録するのは、アルバムのように、ユーザーへ便益をもたらしますが、同時にその情報はアプリの提供者にも提供されます。

多くは、個人が特定できないようにですが、提供者への側面以外にも、例えばユーザー自身が写真をExif情報をつけたままネットで共有した時、悪意ある第三者が「いつどこで何をしたか」の情報を取り放題になるというような事にもなり得ます。

また、規約をよく読むと、アプリによっては提供者に対して必ずしも個人を特定できないようにしてないケースもあったりして、位置情報の扱いというのは個人の安全にとって一考を要するものです。

 

これが「オプトアウト」になっているのは、「リスクより多くの便益を提供する用意があります」という表明と、「その情報は私たちにとっても価値がある」という2つの側面があって、今回、「ユーザーへの便益」面を形にしてきたところは、「そろそろプライバシーの考え方を変えてもいいんじゃないですか?」というAppleからのメッセージでもあるかのように思えます。

 

ネットユーザーはこの提案を、FacebookGoogleなど、他の企業からも散々されており、人とネットの付き合い方の重要なテーマですが、個人と集団の在り方に関わる問題で、僕のような年代の人間にとっては簡単に飛び込めないものです。

これが、これからの年代はわかりません。

 

iOS7でこれがシレッと「オプトアウト」になっていることで、プライバシーに関する考え方が違うユーザーが増えて行き、社会全体で意識が変わっていく事になるかもしれません。

 

共有について

写真の各種snsとの連携。airdropなど共有機能の強化

従来から写真はfacebookTwitterで共有できましたが、今回さらにFlickriCloudairdropなどもアルバムから直接共有しやすくなりました。

これは、写真の役割の「当人に対する記録」という側面に加えて、「他人との情報共有」の要素をよりピックアップしたということです。

 

Appleはこのデバイスを、「1人の為のもの」に加えて「他者とつなぐもの」に定義しようとしているようです。

 

Appleはオフィシャルムービーで、「テクノロジーを目立たないよう」「体験こそ重要」など、デバイスが人とともにあることを強くアナウンスしており、このアップデートで、「他社とのコミニュケーション」という側面への関わりをさらに強く押し出していると感じます。

 

平面上のビジュアルについて

アイコンのデザインの再定義。現実の延長から、行為の意味を図示した抽象的なものに。

最後にデザインの平面上の要素について考えてみましょう。

度々話題になるフラットデザインに関しては、使った感覚で言うと、「印象に残りづらくなった」という感じがします。

今までのアイコンは、アプリを使う時に、どこか「あのアイコンのアプリを使ってる」という意識があったのですが、今回は「良くも悪くも」どころか、アプリを起動してやりたい事が終わってしまうと、どうも「印象に残ってない」です。

Appleのメッセージに洗脳されてるのかもしれませんが、「アプリ自体」より、「アプリでやりたい事」に意識が向いてる気がします。

ただ、これは操作の変化とも関わっているので、純粋にフラット化のためだけであるかはわかりません。

 

また、写真やゲームセンターは、かつての、実物からモチーフをとったものから、パッと見ただけでは、意味不明なものになりました。

しかし、これは、アプリで「行うこと、その時の情動」を考えると、「まあわからなくもない」というようなもので、これは姿から直接受取る「具象」ではなく、意味から理性で考える「抽象化」ということです。

 

今まで感覚そのままに操作できる直感性を高めてきたのに、ここで理性か、と思わないでもないですが、Appleはこのデバイスを今までの道具の延長から、全く新しい道具へ再定義させようとしているのではないでしょうか。

写真にしても、「画像の保存」から、「他社とコミニュケーションの道具」という側面を強調しています。

今までのものとは行為の目的や意味が、すでに違うものになっているし、今後さらに違う意味が追加されていくでしょう。

その中で、現実からのモチーフは縛りになるとさえ考えてるのかもしれません。

僕自身の意見として、「わかりづらい」という意見は正直、同感です。

しかし、慣れはするでしょうし、今後、このデバイスが人間とどのように関わって行くのかを考えさせるものではあると思います。

 

全体から感じた印象としては、今回のiOS7はかなり人間に寄せてきてると同時に、人間自体にも変革を迫ってきているな、と感じます。

 

iOS7について、感じたことと考えたことなど、取り急ぎ、以上となります。